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カトリック池田教会2016年度評議会議長挨拶

2016年5月度「からしだな」発行用

御復活祭を経て主の御昇天を待ち望んでいます。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

「わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。…わたしは言った。『災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。 しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た。』 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。彼はわたしの口に火を触れさせて言った。『見よ、これがあなたの唇に触れたのであなたの咎は取り去られ、罪は赦された。』 そのとき、わたしは主の御声を聞いた。『誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。』 わたしは言った。『わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。』」 — イザ6.1、5~8

新年度の初めにご挨拶申し上げます。カトリック池田教会評議会の議長として選任されたことに当たっては、無力で申し訳ありませんが皆様の信頼をいただいてこの重要な役割を託されたことがとても光栄だと思って感謝いたします。主の御助に頼りながら頑張りたいと思います。私のために祈ってください。

私は1963年にプロテスタントの家族のもとで生まれました。中学時代までは子供なりに熱心な信者でした。しかし、その後世間の影響を受けて、賢い人はそんなおとぎ話みたいな奇跡など信じるものかと思い、教会に出ることがめんどくさく感じて信仰を捨てました。

それから高校でいい成績をとって、いい大学に入って、自由になったつもりでキリストの真反対方向に走ったわたしは、世間の目から見て恵まれた生き方にだんだんと自信を失って訳が分からなくなりました。結局、夢の大学を途中で辞めて、自分の将来が真っ暗なまま田舎の叔父の農場に逃げて一年間近く悩みました。

その間、ただの好奇心で初めてカトリック教会を訪れてミサを経験しました。初めてのミサを見て何かを感じました。数日後、何年かぶりに私は心から祈りました。「神様、何もわかりませんが、正しい道を示してください。」 

答えは心に響きました。「私の子イエスを信頼しなさい。」

このようにして私がカトリックのキリスト信者になりました。その後カトリックの宗教を学び始めていろいろ大変な思いをしました。30年間以上経ってもまだまだ未熟で申し訳ありません。しかし、私のために十字架で亡くなられご復活されたキリスト・イエスとその慈悲深い御母マリア様の愛を知り、罪から救われて、いつも喜んで感謝しています。

上のイザヤ書の引用は、「わたしはイザヤだ」と自慢するつもりではなく、わたしたちキリスト信者は皆イザヤのように汚れた唇の人で、汚れた唇の民の中に住んでいる人であるのに、神様の御座を見せられ、主イエスのご受難の火を通して罪が赦されましたと言いたかったのです。イザヤと同じように主の御声を聞いて、遣わされた場所で一緒に働きましょう。

皆様がいつも主の御手の中にとどまるようにお祈り申し上げます。

2016年4月16日

マイヤー ディビッド